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【書評】出版妨害もされた50年前の暴露本!松下幸之助を裁く

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松下幸之助を裁く
時代の寵児として名を馳せ経営の神様として不動の地位を築いた松下幸之助翁のいわゆる暴露本だ
もう半世紀の前の絶版書でamazonでは現在5000円もする
デカい図書館で取り寄せてようやく取り寄せた本書、は他の幸之助本とは意を事にする内容を含んでいた

本書を手にしたきっかけ

そもそも本書を手に取ったきっかけは“伝説のプロデューサー”と称された康芳夫のブログ記事だった
今後のyoutuber参入に際して、企画力の養成として戦後テレビ史をざっとwikipediaで見ていたところ
氏の存在を知りブログまでたどり着いたのだ
yapou.club

それと、後の章で書くが松下の場合にはかなりの”圧力”があった。平沢さんは取材に当たって二度だけ松下電器に公式の客としてアプローチした。一度は松下歴史館を見学に行ったこと、もう一度はPHP研究所へ『PHP』のバックナンバーを買いに行ったことである。歴史館へ行ったきは守衛らしき人物が名前を問いただした。PHP研究所ではカードに住所氏名を書かせられた。

平沢さんはとっさに、小学校の同級生で隣に坐っていた友人の名を名乗ってきた。住所はデタラメを書いた。それだけ気を使ったのに、しかし、松下は、この本のことを”知った”のである。まだ印刷にかかる時点なのに。恐るべき情報ネットではないか。そして、ある大手広告代理店の担当者と称する者が、『創魂出版』に現われた。

「なんとか、初版だけでやめてくれないか。初版は全部うちで買い取るから」

私は即座に断わった。

そんなエピソードを知ったからには、読まずにはいられない
自分自身も幸之助の書評を書いたことがあったし
企業家ミュージアムにも足を運んだことがあったから松下幸之助には関心を持っていた

www.au79.work

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今太閤松下幸之助の面目躍如

幸之助の影響力がいかに大きなものであったかを示すエピソードが本書序説に寄せられているので引用しよう

しばらく前、聞くともなしに聞いたエピソードがある
幸之助が紅白歌合戦に出演したときのことだ
彼はどうしても翌日の早朝までに関西へ帰らなければならないというので、NHKでは
会場から羽田空港まで、白バイ戦闘にノンストップで送ったとの話である(中略)
いまになって考えると、白バイ先頭でノンストップといえば、皇族、国賓、首相などにかぎられるはずである
河野一郎が動脈瘤の破裂で死に瀕したとき、主治医が出張先の大分から東京に呼び戻されたが、行った先から
板付まで、羽田から河野の入院していた病院まで、白バイ先頭でノンストップだったときいている
この場合、人命の問題であって病人を動かせないから医者が救急活動とうぃてかこつけたのだといえる
幸之助の場合はちがう。すくなくともこの瞬間、彼は皇族なみの待遇を受けたのである

日本初で週休二日制を導入したその裏側

松下電機は率先して週休二日制を導入し以後スタンダードとなったわけだが
この週休二日制にしても導入の5年前に社員に対して公約をした上で実現したものだった
だが、本書によると導入はしたはいいものの、ベルトコンベアのスピードは1.3倍に引き上げられ
土曜日も“自由参加”という名目のもと研修が導入されたという経緯があったという
それもこれも激化する海外メーカーとの生産競争に勝つためだった

ゴーストライターの存在?

講演では何やら抽象的で独特の宗教観を帯びたような内容が多かった幸之助
しかし執筆分野ではその内容のわかりやすさには定評があったが
一部ではゴーストライターを使っているとの説もあったという

松下幸之助を裁く 感想まとめ

松下幸之助ともあろう大人物ならば、毀誉褒貶激しいのは致し方ない
むしろ叩いて出たホコリはこの程度だったのかという印象すらあった
噂が絶えないものの、その真偽のほどは本書ではうやむやなままで実像にに迫れているとはいえない
そうはいっても幸之助と同じ時代を生きたひとが羨ましいという一点が募った
それが本書を通じて得た感想だ
記述内容からよりリアリティを持って今太閤の当時の権勢ぶりを窺い知ることができた

松下幸之助を裁く (1969年) (偶像破壊シリーズ)

松下幸之助を裁く (1969年) (偶像破壊シリーズ)

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