天塚財閥

プロブロガー目指し奮闘中月間7万PV26歳大卒ニートの成長過程を綴る雑記ブログ

文章下手でもブロガーになれる!天塚右京の学生時代の文章公開!

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月間300万PV(今は1.8万PV,達成したらリライトする)ブロガーのわたしも
決して文才に優れているわけではなかった
今後もさらなる成長曲線を描いていきたい

その1 19歳?

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実際のところ、8%なのか10%なのかは知りませんが、何にせよ、消費税が上がるということ自体は、その金銭面に関わる問題以上に、精神的な圧迫感を受けるようでなりません。
私がなぜ増税に反対するのかという理由も、突き詰めたらそういうことです。
しかしながら金銭面での負担の件も考えると、やはり痛手といえます。私は一人暮らしなので、食べ物や雑貨など、何かを買う機会は多いわけですが、引き上げのことを考えると、その額は無視できないものになるように思います。
デフレ下に消費増税なんて実施したら消費性向冷え込むのではないかと思います。しかし3%から5%へ引き上げた際には消費税税収が挙がったことも事実です。
かつては消費税という税金すらなく、最初の消費税は3%から出発したということですが、私が物心ついた時には消費税は5%で、それが普通なのだと思い込んで暮らしてきました。
なので、初めて消費税の引き上げについての問題が出てきたときには、ひどい違和感に捕らわれました。
今後も消費税は一貫して5%でいいのではないかという風に思います。ただこれは、私自身の願望に過ぎません。
また、この問題が取り上げられる際に、欧米をはじめとした諸外国の税金はどうなっているかという比較表がニュースなどで取り上げられているのを見たことがあります。それによれば、欧米諸国は日本と比べて、全体的に消費税も含めてもろもろの税金は高額で、特にスウェーデンやデンマークなどの北欧諸国は、消費税が22~25%と非常に高くなっています。
この手の諸外国との比較を参照して、さも日本も世界にならうべきだという風潮は、私は好きではありません。その限られたデータだけでは判断しかねるものがあると思うからです。国によって国家の体制というものは全く異なるわけですから、他国はどうなっているという比較は、ただの一つの参考にしか成り得ないと思います。例えば、デンマークなどは所得税も50%と非常に高い税率ですが、反面、非常に福祉が整っている国です。
また一方で、消費税をなくして物品税を復活させようという意見もあるようです。他にも、消費税を上げる前に、天下り法人の廃止をするべきだとか、公務員の人件費を見直すべきだとか、様々な意見があります。
現状としては、政府の消費増税法案が、2014年4月に8%、15年10月に10%と2段階での引き上げを定めているとのことですが、自民党の対案では、一度に10%に引き上げる方針のようです。この政府案の二段階にわけての引き上げの意図がよくわかりません。一挙に10%に引き上げたほうが分かりやすくて良いのではないかと思います。
残念なのが、今現在、政府の動向としては、このように消費税を引き上げる前提であるということです。もはや、引き上げられることは免れないという空気です。
ネット上のアンケート結果によると、消費税増税法案に賛成するという人はだいだい2割ほど、また、消費税増税についての政府の説明は十分かという質問に関してはYESが10%、NOが90%という結果になっています。国民に関わることなのに、当の国民がその実態をち

その2 20歳

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なぜ日本における女性の管理職、議員数の割合が低いのか。
それは、男性は外で働き女性は家で家事に務めるべきであるという、前時代的のように思える価値観が未だに根強く存在しているからだと言える。性によって役割が分担されるべきという考えは、もはや古い。こうした価値観をなくしていくには、義務教育下でのジェンダー教育の必要があるのではないか。現状としてそういった教育は、軽視されがちのように思える。
法律に関して言えば、男女の格差を是正するべく、男女共同参画社会基本法や男女雇用機会均等法といった法整備もなされてはいるものの、実際は先に挙げた通り先進国とは思えないほどの男女差がある。
そして女性の労働に関して言えば、出産後の退職率の高さが諸外国と比べて高い。これは託児環境を始めとする育児のインフラが確立していないのが直接的な原因だろう。結果としてその女性の退職率の高さから雇用の男女差ができてしまう。
そもそもこうした男女格差の根底にあるのは日本人の「人権」についての理解、認識の希薄さがあるのかもしれない。
官民一体となってさらなる法整備と教育の徹底、育児しやすい環境作りを成すのが急務である。

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現代に生きる我々が、イギリス産業革命を学ぶ意義とは一体何なのだろうか。そもそも産業革命とは、18世紀後半から19世紀にかけて起こった工場制機械工業の導入による一連の産業の変革と、それによって生じた、社会、経済、文化といった様々な面に生じた構造の大変革のことである。これによって、工業が経済の中心を占めるようになったのだ。現代社会の原型、基板といったものはこの産業革命があってこそ出来上がったといってよいだろう。イギリスで初めて興ったこの産業革命以前と以後で、人々の生産活動や、労働、生活、文化、風俗といったものは著しい変容を遂げ、そして現代に至っている。具体的な例を挙げると、工業化に伴う大量消費と大量生産、消費社会の確立がそうだ。また、いわゆる生活革命によって人々が紅茶やコーヒーなどの嗜好品を嗜むようになったのだ。そして他にも工業化社会に伴って人々が過酷な労働環境を強いられ、物に扱われるようになるようになったという、負の側面も忘れてはならない。産業革命、それは、フランス人権宣言などの市民革命と並んで近代の幕開けとも言うべき、文字通りの「革命」だったのである。今現在、我々が文明の利器に囲まれ豊かな生活をおくることができているのも、そもそもこの産業革命があってこそなのである。なので、産業革命を知らずして、現代を語るなどできようもない。それほどまでに大きな変革であったのだから。現代の日本社会は、ITの波が押し寄せつつあるものの、まだまだ工業型社会の最中であると言える。その意味で、産業革命の系譜を未だに日本を始め先進諸国は引き継いているのではないだろうか。現代社会が抱える様々な問題を知る上でも、この産業革命という、世界史のおける重大な変革に関しての理解を深めることこそが大切であるといえるし、そこから得られる大きなヒント、足がかりが隠されているのではないだろうか。
世界で初めて産業革命を成し遂げた国家、それは大英帝国である。G8に名を連ね、先進国であることに変わりはないものの、かつて七つの海を征服し世界の三分の一を植民地と化したその全盛期から見れば、ずいぶんと衰退してしまったと言える。しかしながら、そんなイギリスの影響力は現代においても計り知れないのである。その具体例を挙げるならば、我々日本人が和服を着る機会はめっきり減ってしまった。もはや服といえば和服ではなく洋服を指し示すようになっている。現に今私が着ている服も、ボタンダウンシャツにカーディガン、その上にテーラードジャケットを羽織っている始末だ。食に関してもそれは言える。伝統的な日本食を食する機会は減りつつあり、肉や乳製品、パンなど食の欧米化が戦後から加速している。時間にしたって、グリニッジ標準時を採用している。さらに言えば、言語がその典型例だ。中学に入学するに際して、日本では外国語として英語を習うこととなる。今現在世界共通言語となりうる最候補は、英語だろう。エスペラント語といった試みもあったものの、やはり英語が共通語として機能しているというのが現状だ。これがもしも、日本国が世界で初めて産業革命を起こしていたならば、これらとは違った結果となっていただろう。産業革命がイギリスで初めて興ったという事実を知らなければ、この国が、そして世界が

その3 21~22歳

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A (a) ルイ14世は太陽王とも呼ばれ、自らも太陽に模した衣装で踊ったりと、当時のヴェ ルサイユ宮殿は、政治的な機能を持つだけでなく、芸術やファッションとった文化的な側 面でも重要な役割を帯びていた。絶対王政の中心地として、富と権力の象徴としての圧倒 的な存在感を放つ宮殿だったのである。そんなヴェルサイユ宮殿の位置はというとパリか ら南西に約 20km離れたところにあり、元々は沼地地帯で決して造営に適した土地ではな かったのだが、この場所にかつてない大規模で豪華な宮殿を建設した。宮殿には王、そし 「て貴族など 5000人ほどが住んでいた。それに加えて、宮殿の周囲を守る兵士や、世話をす る召使いなど 15000人ほどが住んでいたのであった。

当時のフランス貴族には王に歯向かうだけの余力はなく、政治的、文化的中心地となっ たヴェルサイユ宮殿に住めるのは一部の貴族だけであった。宮殿に住むことが貴族たちに とって一つのステータスであったのだ。これらを筆頭に、絶対的な権力を有する王ルイ 14 世と、その王の顔色を伺い、ごまをする貴族といった構図が定着していき、後に絶対王政 と言われるまでの強大な権力を確立するのであった。
11/3 のビデオは、若き日のルイ14世が太陽をモチーフとした衣装で身を飾り、その踊り をバルコニーにいる聴衆に披露するというものであった。ルイ14世は、幼いころからバレ エが得意で、舞踏をすることは、自分の権力を見せつけるという意味合いも込められてい たのだった。 Ba) 1)スペイン、ポルトガル対外拡張の担い手になることができた理由としては、まず、ジブ
ラルタル海峡で北アフリカに接するイベリア半島の地理的な特性が一つ目に挙げられ る。そして、11~13世紀にかけて進展した、レコンキスタと再植民運動の経験があっ たことも挙げておきたい。辺境で平民出身の騎士が活躍したことで社会的地位があがり、 その結果として軍事色の強い自治都市が形成されたのであった。また、再植民運動の際 に西方十字軍の理念が注入されたことで多くのイスラム、ユダヤ教徒が支配下に置かれ た。特に 13 世紀半ばまでにグラナダ王国を除いて半島内の再征服運動はほぼ完了しジ ブラルタル海峡をはさんで新たな辺境が見えたのである。 「ポルトガルは、当時見せびらかしの意味合いが強かった香辛料をアジアとの交易で 手すべく、拠点を築くなどしたがなかなか独占することができなかった。
2) 地理的や、歴史的な経緯などの様々な条件が揃って対外進出に至ったことがわかった。
しかしスペイン、ポルトガルの進出によって南米大陸をはじめ多大な侵略行為を犯した のである。これ以降 500 年に渡るヨーロッパの侵略の歴史はここから始まったといって