天塚財閥

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INTJ5w4天塚右京の成長習慣まとめ

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わからない語彙があったら調べる

本なりネットの記事だったりで出くわしたものは、必ずググって調べるようにしてきた
語彙に限らずわからないことは必ず調べる
ここ最近知った言葉は、“鶏口牛後”という故事成語
大きな集団や組織の末端にいるより、小さくてもよいから長となって重んじられるほうがよいという意味
ジュリアス・シーザーという人がいたが、“ローマで二番でいるよりは、村で一番でいる方がよい”と同様の言葉を残している
自分が一番になれるゲームを創ること、それが本当の頭の使い方だ

たとえを用いて話す

わからない語彙を調べて語彙を増やすのも大事だが、それはどこまでいっても知識に過ぎない
新しく仕入れるのが知識で
すでにあるものでやりくりするのが知恵だ
たとえ話は知恵の最たるもので、物事の本質を突く
だからジーザスも釈尊もたとえ話を好んで使った
“なぜたとえを用いて話すのですか”と問われる日を待望している

聖書 新共同訳  新約聖書

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疑問に思ったことは自分なりに結論を出す

歩きながら思惑に耽るのが好きだ
人は“好きなことに得意を見出す”のか“得意なことに好きを見出す”のか
自分は後者のほうが多いように思う

脳内マウンティング

例えば作業用BGMとしてyoutubeで講演動画を聞く場合
“自分ならこうする”というアイデアが出てくるかどうかということだ
それがひとりでに出てくるならば、その分野で才能があると言っていい

質問されたらその意図を問う

質問する側とされる側では、される側のほうが立場が弱いに決まってる
にも関わらず、自ら質問される側に立つ人が多すぎる
質問するということは、必ずそこに意図がある
そしてそれは質問者の好奇を満たす至極個人的なものだったりすることが多い
質問は質問で返していいし、質問されたからと言って必ずしも答える義務はない

人の話は疑いながら聞く

中国の人口は5億人だという人の口から語られる中国像に耳を貸してはいけない
それが事実に基づいているのかは、常に聞き耳を立てている
これは本に関してもそうだ

人は見た目で判断する

大人になるとは、自分で自分のことを説明することだ
よって初対面だと見た目が判断材料になってくる
その時珍妙なカッコをしていたならば、やはり中身もそうなのかと勘ぐる
それに怒るひとは、あまりにも幼い
見た目で判断されたくないならば、見た目以外で自分を説明できるものを持っておく必要がある

逆張りの練習

逆張り思考こそが成功への道だ
それは100人中99人右向け右しているところに、ただ一人左を突き進める能力だろう
ただひとつの座席を99人で争うよりも、ひとつの座席に確実に座る
そして、そこに座った人間だけが見える風景がある
逆張りにしても、例えばあえて大学に進学しないという選択肢はどうだろうか
進学するかどうかは人生における大きな選択肢になる
実際自分は自主退学しかけたものの、卒業しきったのはよかったと自負している
逆張りの練習は、大きな選択肢ではなく小さな選択肢からその直感を研ぎ澄ましていくのがいいだろう

MBTIへのいざない―ユングの「タイプ論」の日常への応用

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