天塚財閥/INTJ5w4ニートブログ

自分のことを救国英雄だと思い込んでいるINTJタイプ5ウイング4で26歳大卒ニートの雑記ブログ

AIと翻訳機の到来で英語学習は不要になるか?

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英語学習はAIの台頭でオワコン化するか?

結論を言うと、有るし、無い

習熟にかかる時間と費用を、翻訳機の価格が下回ったとき
ビジネスパーソンの英語の習得に割いてきた時間は
異文化理解や交渉術を磨く時間に変わってくるだろう
それは、ビジネスが合理の世界だからだ
一方で、語学学習の価値は趣味的で、サロン的性質を経ることになるだろう

外側物を交えたコミュニケーションは異端か

そうは言っても経済的合理性に従うならば、やはりビジネスシーンでは
翻訳機が活躍を見せる時代が時期に来るように思う
が、元から英語ができる翻訳機を必要と人と、翻訳機を介してコミュニケーションを取る人とで
どのような心境の変化と、待遇に差がでるだろう?
必要な人と、そうでない人とでそれぞれを示す呼称ができあがるのではないか
翻訳機なしで会話ができる人は“withouter”なんて呼び名がつくのだろうか
“withouter”という言葉が肯定的な意味合いを持つかどうかは、正直わからない
ただ、翻訳機の存在を待望していた人たちよりかは、その言語(ここでは英語)圏の
文化や習俗に精通してることだろう
そして、それは恥をかきながら異文化に揉まれたものでもある
それらを超える“何か”があってようやく“wither”は“withouter”と張り合える
AIの台東で中間層が消失すると言われるように
英語学習者も、中途半端に喋れるひとは、翻訳機に取って代わられる

英語と日本語どちらが優れているか

…なんて質問が、成り立つだろうか?
いや成り立ちはしない
なぜなら言語とは、単なる意思疎通の道具を超えたもので
言葉とは、文化の入れ物だからだ
純粋に言語がツールであるならば
世界は一番“優れた”単一の言語を選定しそれを人類は母語として学んだだろう
でも、そうじゃない
人は母語に愛着があるものだと思う
同じ日本語にしても地元に帰ると方言に変わるように
“cat”は、猫のことだが
だが、“木漏れ日”は英語で何というのか?
木漏れ日をただ一言で言い表す名詞は英語にはない
こればかりはどうやっても人間は超えることができない言語の壁だ
翻訳機の翻訳に即した日本語を話すようになるのだとしたら
物がネ申のようにふるまう物神化<フェティズム>そのものだ
機械に頭を垂れる日が来ている
それは掃除のためにドローンを使うつもりが
ドローンの通路の確保のために、ある種ドローンのために
人間が通路を作るという、使役されられているような感覚になるのと似ている

人間は文化と合理性どちらを取るか

もしも世界を英語化するならば、そのことで一緒くたにしてしまうことで得られる合理性は
短期的なものに留まるのではないか
あるいは、それが短期的な合理性に頭を下げた事実すら、もう人類はアクセスできないだろう
その時その世界には、英語話者しかいないから日本語にもトルコ語にもアクセスできない

言語は道具か文化か

結局この答に舞い戻る
翻訳機の到来で、人類はどちらをより大事にしていた生き物なのか、その答え合わせが出てくる

わたしは、英語学習者です。で、あなたは?

TOEFL120点オーバーの、資格に目もくれない英語力を身につけるというのは
以前ブログでも語った

au79.hatenablog.com

物語なき合理の世界と、物語のある不便な世界と
どちらがいいだろう…?

au79.hatenablog.com

増補 日本語が亡びるとき: 英語の世紀の中で (ちくま文庫)

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日本語は亡びない (ちくま新書)

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